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捏造された歴史の上に立つ共同体④

捏造された歴史の上に立つ共同体④ 
2019/1/31 Yahoo!ブログ

直木孝次郎『神話と歴史』(1971年)は、大日本帝国憲法(1889年)が定める天皇の統治大権及び神聖不可侵の特権は、「記紀神話」以外、根拠を説明しようがないものだという。その第1条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」、及び第3条「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」は、『大日本帝国憲法義解』(1889年、憲法原案を起草した井上毅が稿本を書き、伊藤博文名で公刊した逐条解説)の注釈にあるとおり、日本書紀の「一書」―本文の後に載っている別伝承―が記す「天壌無窮の神勅」に基づいて書かれたものである(古事記にも、日本書紀本文にも、この逸話はない)。翌1890年の教育勅語「我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠二徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ」という一節もまた、井上哲次郎『勅語衍義』(1891年)によれば、天照大神の命による天孫降臨と神武天皇即位等の記紀神話の所伝を意味する。近代日本は神話を背景にして成りたつ国家体制をとったのである。

明治初期の歴史教科書を見ると、「天照大御神」は「日ノ神ニシテ高天原ヲ治ス」(『史略』明治5年)、「神武天皇ハ天照大神五世ノ孫ニシテ、鸕鷀草葺不合ノ尊ノ子ナリ」(『日本略史』明治8年)など、天皇に敬語を使わず、また武烈天皇は「性忍酷殺ヲ嗜ミ、諸惨刑自ラ臨視シ或ハ婦胎ヲ刳キ或ハ指甲ヲ解テ薯蕷ヲ掘シメ」(『内国史略』明治5年)と記すなど、天皇と仁徳を結びつけてもいない。それが『初等科国史』(1943年)では、「大神は、天皇陛下の御先祖に当らせられる、かぎりもなく尊い神であらせられます。……私たちは「天の岩屋」や「八岐のをろち」のお話にも、大神の尊い御徳と深い御恵みを仰ぐことができます」とし、皇祖神の仁徳を強調している。現在の象徴天皇制に繋がる天皇像は、明治半ば以降に、創り出されたものだといえよう。
政府は帝国憲法と教育勅語が規定する国体に沿うよう、記紀神話の皇室起源を改作し、国定教科書に導入した。大日本帝国下の第5期国定歴史教科書『尋常科用小学国史上巻』(1940年)の第1課「天照大神」をみてみよう。「天皇陛下の御先祖を天照大神と申し上げる。……大神の御弟に素戔鳴尊といふ御方があった。たびたびあらあらしいことをせられたが、大神はいつも尊を御弟としておいつくしみになり、ほとんどおとがめになることはなかった。しかし、ある時尊が大神の神聖な機屋をおけがしになったので、さすがに大神もおいきどほりになり、天の岩屋にはいって、御身をおかくしになった。……素戔鳴尊は、これまでの御行ひを後悔されて、出雲におくだりになり、簸川の川上で八岐の大蛇を斬って、人人の苦しみをおすくひになった。この時、大蛇の尾から出た一ふりの劔を、尊はたふとい劔とお思ひになって大神に御献上になった。これを天叢あめのむらくものつるぎ雲劔と申し上げる。素戔鳴尊の御子大國主命は、たいそう勇氣があり、なさけ深い御方であった。出雲地方をお開きになり、人人をなつけてその勢はなかなか強かった。天照大神は大國主命に使をお遺はしになり、「この葦原の中つ國は、わが子孫の治むべき所である」とおさとしになって、その治めてゐる國をさし出すやうにお命じになった。命はつつしんで大神の仰に従はれた。大神はその眞心をおほめになって、命のために大きな宮殿をお造らせになった。これが大國主命をおまつりしてある出雲大社の起原である。大神は、いよいよ皇ニニギノミコト孫瓊瓊杵尊をわが國土におくだしにならうとして、尊をお召しになり、「豊葦原の千五百秋の瑞穂の國は、是れ吾が子孫の王たるべき地なり。宜しく爾皇孫就きて治せ。さきくませ。寶ほうそ祚の隆えまさんこと、當に天壌と窮りなかるべし」と仰せられた。萬世一系の天皇をいただき、天地と共に動くことのないわが國体の基は、実にここに定まったのである」。これが、歴史教科書で史実として教えられた。

極左テロリスト達は、アマテラスを皇祖神にすることで天皇による共同体統治が正当化されると考えたのです。




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