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『入管抗議!安部首相土下座像建立して入国規制緩和っておかしくない?国交断絶直前じゃないの?』に対する意見

『入管抗議!安部首相土下座像建立して入国規制緩和っておかしくない?国交断絶直前じゃないの?』に対する意見

>韓国では安倍首相が慰安婦に土下座する銅像が建立された。
これは日本に対する上から2番目の侮辱だ。
1番は天皇陛下に対する侮辱だ。
首相に対する侮辱は2番目だ。

自我が確立していない未熟な人間は特定の思想に依存し易く、また自己の意識は国境を超えることができない。したがって客観的に自分を捕らえることができず、常に特定の立場に立ってしか思考することができないんだよ。
自我が確立している人は、自分が地球という惑星に存在する一生命体であると自覚することができるから、特定の思想や国家や政党などの団体から離れて一人の人間という立場に立って思考することができるわけ。
だから、自我が確立している人同士は国家同士が不仲であっても国境を超えて握手することができるが、自我が確立していない未熟な人達は国境を挟んで罵り合うんだよ。
自我が確立している人の意識は自己の下に国家を置くことができるから客観的立場に立って国家を捕らえることができるが、自我が確立していない人は自己の上に国家を置いてしまうから、常に国家の立場に立った主観的立場でしか思考することができないのね。
だから、ナショナリスト同士は国境を挟んで敵対し合うようになるんだよ。

人は、生まれる場所を選択することができないわけ。
確かに、今の時代は世界のどこに住もうが自由であり、事実生まれた国以外で暮らしている人は大勢いるが、大半の人は好むと好まざるとにかかわらず生まれた国で生活し、死んで行くんだよ。
例えば、生まれた国が内戦ばかりやっているようでは誰もがその国から脱出しようと考えるだろうが、大半の人達はその国民として一生を終えるわけ。
自分がそのクソ国家で生きて行かざるを得ない状況だから、少しでも生きやすい環境を求めるのは当然であるが、それは決して愛国心なんてものではないんだよ。

何らかの事情で日本に居住して生きている人達が大勢います。それは自分が人として生きるための選択なのかもしれないが、だからといってその人達の意識が日本国の下にあるべきという考え方がまかり通るわけがないんだよ。
何故なら、全ての人は地球という惑星の生命体であって、国境という作り物の領域に縛り付けられたものではないからだよ。
よって、彼らに愛国心なるものを強要してはいけないんだよ。
愛国心なんて言っている人の意識は国境を超えることができない。だから思考の主体は国家であり、無邪気に愛国を叫んで人にも強要してしまうわけ。
上島嘉郎という人は自我が確立していない未熟な人であり、その人の考えに同調しているキミも自我が確立していない未熟者だということだ。
自我が確立していないキミに石橋湛山の言葉を紹介しましょう。

『人が国家を形づくり国民として団結するのは、人類として、個人として人間として生きるためである。決して国民として生きるためでも何でもない。宗教や文芸、あに独り人を人として生かしむるものであろう。人の形づくり、人の工夫する一切が、人を人として生かしむることを勇逸の目的とせるものである。
かくいわば人あるいはいうであろう。しからばいかにして宗教と国家、文芸と国家との相衝突矛盾することが あるかと。
しかしその衝突するのはその本来の目的、その本来の立場が異なっておるがためでなくて、その1つの目的を達するため、1つの立場をとるために、一時矛盾撞着するのである。言い換えれば、時代に相応せざる制度、思想を時代に相応するものに改造せんとする努力である。
されば、「国民として生きる前に人として生きねばならぬ」と言う言葉は、私の意味を以てすれば、「国民として生きる前」ばかりでなく、「宗教の中に生きる前」「文芸の中に生きる前」「哲学の中に生きる前」 に人は人として生きねばならぬのである。否、生きざるを得ないのである。何となれば、国家も宗教も哲学も、文芸も、その他一切人間の活動も、皆ただ人が人として生きるためにのみ存在するものであるから、もしこれらの或るものが、この目的に反するならば、我々はそれを変改せねばならぬからである。』

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