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アメリカの出先機関

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参議院決算委員会  
平成13年06月18日

○平野貞夫君 
いずれまた来週、決算委員会の総括がありますので、これは総理にも外務大臣にも聞いて、もし事実がなければ、これは雑誌を訴訟するとか、そういう措置をとってもらわなければ政治の権威にかかわると思います。
しかし、田中外務大臣も、一時はこの問題に非常に関心を持っていたと公式に発言をされている。今でも、事務方はないと言っている、否定しているという程度のことを言っておるわけですが、私は、大臣のお話ですが、この上納は確信的に推測できるんですよ。それをこの機会に申し上げたいと思うんですが、ちょっとその根拠を申し上げたいと思います。
それは、自民党は昭和三十年代のある時期までアメリカのCIA資金を政治資金としていたんです。これが党としての政権運営に極めて役に立っていたと、こういう事実があるんです。こう言われると、大変証明しなきゃだめな責任があるわけなんですが、ところが昭和三十六、七年、これを自民党は断るわけですね。断って、しかし、なかなかやっぱり与党もあるいは政権党としてもいろいろ金がかかるということで、佐藤内閣から考え出されたのがこの上納システムじゃないか。これは、もちろん財政法に違反することでございます。
そこで、いろいろ私は調べてみたんですが、そのきっかけとして申し上げたいのは、昭和五十一年二月にロッキード事件というのが起こるんです。四月になって事件がクライマックスになって国会が全く動かなくなったときに、ある出来事が起こるわけです。私は、このときに前尾繁三郎衆議院議長の秘書をやっておりました。そのときにどういうことが起こったかといいますと、昭和五十一年の四月二日にアメリカのニュー・パブリックという雑誌が、児玉がCIAと関係があり、児玉を通じて政府高官に流れた金の中にはCIA資金も含まれていた疑いがあると報道しました。それからもう一つ、同じ日にニューヨーク・タイムズが、ケネディ政権時代のロジャー・ヒルズマン国務次官補が、就任の際に、日本の一つ以上の政党にCIAから資金が供給されていると知らされていたと語ったという報道があったわけです。
それで、自民党はかなり混乱しまして、私の記憶では、歴代の経理局長が会合を持ちました。それで、前尾議長も経理局長だったですが、そこの会合に行くわけにいきません。会合の結果を細田、当時の経理局長だったですか、経験者ですが、前尾議長のところに報告に来ました。私はそのときに同席していました。ということで口を合わせておりますので、ないということを、よろしくという話を私は現場で聞いていました。深刻な顔をして前尾さんはそれを聞いていました。
そして、次の日、四月三日に当時の自民党の中曽根幹事長は、CIA資金の自民党流入説は事実無根であるとして、ニューヨーク・タイムズ社、それからロジャー・ヒルズマンさん、それからニュー・パブリック社に取り消しを求める抗議電報を打ちました。ところが、マスコミは、何も両紙とも自民党と明示したわけじゃないといって、かなり冷ややかになるわけでございます。そして、こういったことが原因になって、その年の総予算は強行採決されます。
強行採決された後、実は、これからの正常化の分析を私は前尾議長の自宅でやりました。そのときに、このCIA資金の報道とどういう関係があるだろうかという議論になりまして、前尾議長からこういうことを言われました。私は当時、毎日日記をつけていましたが、これがその日記のコピーなんですが、前尾議長は、政党の背後には複雑なものがあり、僕が幹事長をやっているときにも外国からの資金の話がいろんなところから持ち込まれたが、全部断った、どんなに苦しくとも、政治に外国の資金を使ったら終わりだ、このことのけじめがつかない人がいたかもしれない、こういうふうに私に語っています。このことは形を変えて今でもあるんじゃないかと思うんです、形を変えて。非常にこれは大事な問題です。
その後、私は前尾議長の親友である警察官僚、内務省官僚の丹羽喬四郎先生といろいろこのことについて話す機会があって、丹羽先生からいろいろ具体的な話を聞かされているわけでございます。
そこで、実は問題は、内閣報償費と外務省の報償費は前尾さんが自分が幹事長のときに断ったと。この時点中心にどういう流れをしているかということを今調べましたところ、池田政権ができたのが三十五年の七月でございます。そして、このときに外務大臣は小坂善太郎先生。小坂善太郎先生が、六〇年安保の後でございますので非常にもめた後でございますが、やはりこれから日本もいわゆる情報収集活動に予算をつけなきゃだめだということで、それまで内閣の報償費というのはまとめて一括していたわけなんですが、三十七年の予算から内閣官房、一般行政に必要な報償費とそれから情報の収集及び調査に必要な経費というふうに分けるわけでございます。このときに、情報収集に必要な資金が非常に少ないんですね、二千九百六十三万。それから、一般の報償費は一億四千四百十七万という程度、合計して一億七千万ちょっとから始まるわけでございます。
そして、池田内閣のときにはこれでずっとやっていたようなんですが、池田内閣が佐藤内閣にかわって、日韓国会のときに非常にやっぱりいろんな対策費を使っております。そのときに、三十九年に佐藤内閣にかわるわけでございますが、これが暮れでございましたので、四十年の予算はもう固まっておるわけですから四十年度の予算には手をつけられない。そこで、四十一年度予算にこの報償費をどんとふやしているわけです。
それはどういうふやし方をしているかといいますと、情報を集めるんじゃなくて一般の報償費、何と五六%、一億三千六百万、二億四千万程度のものが四億に一挙にこれは限界まで伸ばしているわけでございます。それから同時に、このときに在外公館の報償費を昭和四十年まで八億三千万だったものを六二%ふやして十三億三千万に五億ふやしているわけです。このときの外務大臣椎名先生と大蔵大臣福田先生の会話がおもしろい。私は、この大臣折衝に立ち会った人から直接聞いた話なんですが、福田大蔵大臣はさすが怒ったそうです。内閣の報償費もこれだけふやしているのに何で在外のこれをふやすのかと。そのときに、その理由は何だと椎名先生に聞いたら、椎名先生は知りませんと言ったというんですね。恐らくこの辺から私は非常におかしくなった。CIAの資金がもう切断した、いろいろ対策費に困った、何かいい知恵出して資金を集めなきゃいかぬということが考えられたんだと思います。
このころはもう自民党絶対ですから、自民党の金庫と官邸の金庫の一部は同じようなものというふうに僕は理解するんですが、実は私は、四十年の暮れに園田副議長の秘書になっております。そして、報償費がどんとふえた四十一年の五月ごろから私は定期的に当時の副長官の竹下さんのところへ対策費をもらいに行ったんです。竹下さんというのは非常にいい人で、すぐにこにことして封筒くれたんですが、後任の亀岡さんというのは、おまえ名刺に受け取ったと書いていけというふうに言われたんですが、この金だっていろいろあって、恐らく園田副議長経由でいろいろ対応した金がこの四十一年で二千万とは言わぬと思います。ですから五%です、四億ですから。足りるはずないです。私は、このときから上納というのがどうも裏で約束されたんじゃないか。
したがって、これはかいわいの人はもう常識でございまして、しかし絶対に言っちゃいかぬという。しかし、この絶対に言っちゃいかぬということを今ここで、聖域なき改革と言っているわけですから、やはり政治が信頼されるためにはこれを出さなきゃいかぬと思いますが、塩川大臣、これについて、財政法違反ということは明確にわかっていますので、財務大臣として調査を命令してくれませんか、一連のことについて。


○国務大臣(塩川正十郎君) 
その使途についての私は財務省の責任があるのかどうか、ちょっとわかりません。
また、今とうとうと述べられたことについて、私は全く初耳のことで、そんなことがあったのかなということでございますが、私も関知していないことでございますので、コメントすることはできません。


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